格安SIMに頼る

格安SIMを買おうと考えているが、自分ではどのような視点で選ぶのが良いのだろう・・・。よく分からない。正直、自分自身の機械に対する弱さにあきれるほどだ。

そりゃそうだ。ただでさえなかなか機械の扱い方が分からないのに、隣で言われたとおりに機械を操作しているのにパソコンが壊れてしまったことがある。ここまで来たらもうどうしようもない。

 

スマホだってすぐに壊してしまうことがあったくらいだ。こんな頻度で壊してしまうもんだから、スマホを買うにしても安くしておきたい。みんなよりも俺はスマホを消耗品として考えている、いや、考えざるを得ないのだ。

 

かといって、格安スマホと言ってもかなりの種類がある。新規参入の匂いをぷんぷんさせているところから、名前ならだれでも聞いたことのあるような有名企業まで幅広い。

 

俺の優柔不断モードでは、どこに焦点を絞るべきかは判断できない。それもそうか(笑)

 

そこで、やはり周りを頼りまくる俺である。友人の中で格安SIMを実際に使っている友人に声をかけた。

 

その友人は機械にめっぽう強く、しかも20年来の付き合いだ。本当に心強い。

 

そいつに相談してみると、俺自身の好みやお前の好みは違うだろうから、と言われてあるサイトを紹介してくれた。

 

格安SIMを比較する際、ここを参考にしたらしい。

 

最後は自分で決めるように、とそいつはよく言ってくれていたが、今でも変わらないな。でもやっぱりありがたい。

 

近々俺も格安スマホデビューだな。

借金は時効あってそれを確認する方法を伝授される

大学生の頃、親に理不尽さを感じたことがある。大学には行け、でも学費は自分で出せと言われたからだ。

大学に行くこと自体はぼんやりと考えていたが、学費は自腹。何とも腑に落ちないものであった。

 

俺は頭がそんなに良い方ではなかったから、私立の大学に通うことになった。もちろん奨学金を貰いながら行くのだが、足りない部分の学費と生活費を稼ぐためにアルバイトをしていた。

 

しかし、就職活動や卒業論文の時期はどうしても忙しくて働くことが出来なかったため、お金を借りる、つまり借金をしてしのぐしかなかった。

 

このご時世、家が貧しいというわけでもないのに息子が学生生活という至極まともな生活をしているのに援助ゼロの両親には反抗期のなかった俺もさすがに何度か憤慨したものだ。

 

就職後も借金と奨学金の返済に奔走していた時、昔からの友人と仕事関係で偶然再会した。

そいつは昔から優秀で、今では弁護士の卵として法律事務所として働いている。何ともまぶしい姿だが、威張らないのが相変わらずだな、とほっこりしたのを覚えている。

 

仕事が片付いた後、久しぶりに飯に行くことになった。会っていなかった10年くらいの出来事や最近の事について他愛もない話をした時、借金のことについても触れる場面があった。

 

俺はてっきり「大変だな」とか、「がんばれよ」くらいの言葉があるものだと思っていた。しかし、この辺りが俺の人に恵まれている所以である。

 

「それ、もしかしたら返さなくて済むかもよ?」

 

俺は食いついた。公園でエサを待つ鯉のように食いついた。どうやらそいつは債務関連に強い法律事務所で働いているらしく、俺の借金はもしかしたらチャラになるかもしれない事例とのことだ。

 

俺は飯のことなど忘れ、法律の話に終始した。その時、借金に時効があること、そのための条件などを聞いた。

 

一度聞いただけではうまく理解できなかったが、理解しやすいサイトを教えてもらった。

 

借金の時効は今すぐ確認だそうだ。

 

これで俺の借金が奨学金だけになったとしたらどれだけ楽になることか。こうした話を聞ける当たり、俺の人に頼る性格は極められているな。

頼ることは悪いことではない

子どもの頃は夏休みというものがあった。今思えば社会的に認められた贅沢な一ヶ月はだったのだけど、そのときはそんなふうにはこれっぽっちも思わなかった。

というのも宿題があったからだ。

夏休みに宿題があるというのは、子どもに夏休みを休むな、と言っているようなもので、憤慨していたのだ。

休むのはあくまでも学校であって、子どもが休むものではないという理屈なのだろう。

そんなことに理不尽さを感じていたのだ。

これはスーパーが休みでも主婦が休みではないのと似ている・・なんて屁理屈なことも考えていたのだ。

 

とまあ、そんなことで、夏の太陽の下で元気に遊んでいても宿題のことがチラリと脳裏をかすめるだけでとたんに不愉快になっていたのだ。

それなら、宿題をやれよ・・ということになるのだけど、それができたら苦労はしない。やらないから苦労するのだけど、それができなかったのだ。

特に毎日書かなければならない絵日記なんかのことを考えると、それまでこの世の夏を謳歌していた気分もいっきに低空飛行気味になる。

 

小学校4年のときは一年間日記を書く決まりがあった。

学校に行っているときは仕方なく書いていたが、夏休みに入ると途端にやめた。

やめたらいけないのだけど、やめたのだ。

それでどうしたのかというと、一週間くらい書かなければさすがにまずいだろうと思って仕方なく書き出す。

もともと記憶力がいいわけではないので、一週間前のことはわからない。

それで何を書いたのかというと、犬と遊んだことをさも一週間前にしたように書いたのだ。

それを3日分書くとか次の3日は、買い物に行ったことを、3部作くらいにして3日間に散りばめて書いていた。

 

意外と、なるようになるものだ・・自分ではそう考えていたのだけど、出来は最悪だった。

日記の空白がたまっていくのを手をこまねいて見ていたわけではない。

毎日、「今日も日記を書かなかったなあ・・」なんて心が重くなるのを感じていた。

基本的には怠け者でありながら小心者だったのだ。

溜まっていく日記の量は一日遊びまくった楽しい日々と反比例して心の重さを引きずりながら、それでも怠け続け、ギリギリまで重たい心を引きずりながらさらに怠けるのだ。

たまに、本当にこれではいけないと思って、たまった日記に手を付けてみる。

それで、3日も書いたらすごく書いた気になって「今日は本当によく勉強した」なんてことになるのだ。

そして得意になって、まだまだ10日以上溜まっている日記は見なかったことにするのだ。

 

そうこうしているうちに、8月も29日くらいになると、さすがに本気で「やばい」と目が覚めるのだけど、そのときには、自分一人では何から手を付けていいのかもわからなくなっているのだ。長々と日記のことを書いてきたが、宿題は日記だけではない。自由研究などは一日では書けない、しかしあと3日もない・・絶体絶命のピンチだ・・。

そのときにどうしたのか・・

親に泣いて謝って手伝ってもらうしかない。

それで、宿題が解決するのだったら背に腹は変えられない・・。

そして罵詈雑言を浴びながら、誰に何を手伝ってもらうかを考えるのだ。

この考えは大人になった今も大して変わっていない。そんな、常にだれかに頼って運よく生き残っている俺が助けられた話を書いていこう。

振り返った時、自分のダメ人間さ加減を確認するためにも・・・